2022年8月、第12回公演『潔白なセイレーン』の舞台手話通訳付き公演を創作するに当たって、TA-net(特定⾮営利活動法⼈シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)廣川麻子さん、舞台手話通訳者の下坂幸恵さん、作・演出の中嶋悠紀子さんにお話を伺いました。
お話してくれた人
廣川⿇⼦さん▷TA-net_特定⾮営利活動法⼈シアター・アクセシビリティ・ネットワーク 理事⻑(以下 廣川)
下坂幸恵さん▷9⽉4⽇(⽇)15︓30の公演 舞台⼿話通訳(以下 下坂)
中嶋悠紀⼦さん▷プラズマみかん主宰/本公演の劇作/演出(以下 中嶋)
加藤裕⼦さん▷対談通訳
⼩松智美さん▷対談通訳
お話を聞いた人
阪⽥愛⼦▷『潔白なセイレーン』公演の制作(以下 阪⽥)
対談
阪⽥ ―本作品の作・演出を担当している中嶋さんは、近年、国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)で舞台芸術オープン・カレッジに参加していた り、今年3 ⽉には森⽥かずよさん主宰のCONVEY(コンヴェイ)『23 時のカステラ』で作・演出を務めたりと、積極的に障がい者の⽅々との創作に励んできました。今回、⾃⾝の劇団公演で舞台⼿話通訳を公演の企画として導⼊したいと思ったきっかけやその真意を話してもらえますか︖
中嶋 ビッグ・アイのオープンカレッジとご縁があって2018 年から参加することになりました。実はそれまで、障害のある⽅と何かをするということは⾃分の中に想定がなかったのですが、そこで障害のある⽅とのつくる演劇公演のアシスタントやワークショップの講師として関わる中で、出会った仲間たちから「本当はもっと演劇をやりたいし観劇もしたいんだけど、なかなかそういう⼈たちを受け⼊れる体制が整っているのかどうかわからない。」「チラシやウェブサイトに案内が書かれていないと⾃分達は⼊れてもらえないんじゃないかという不安があって観にいけない。」「そもそも公演の案内を⼿に⼊れる機会がない」というような話をよく⽿にしました。そういう仲間達に対して⾃分達の作品をどうやったら観ていただけるのかということを考えるようになったことがきっかけとしてあります。
商業演劇など⼤劇場で上演されるような演⽬は観劇ガイドであったり⾞椅⼦での観劇に対応できる公演がありますが、⼩劇場の演劇では⽴地が不便であったり劇団が持てる予算規模も⾮常に⼩さいことから、導⼊したくてもなかなか導⼊できないというようなもどかしい時期が⻑らく続いていました。今回助成⾦がとれたということもあって、思い切って挑戦してみようじゃないかということになりました。本来であれば聾のかただけでなく様々な障害を持たれているかたに対してもサポートをしたいという思いも本当はあるのですが、今回の会場、布施PEベースの特性であったり劇団が持てる⼒の限界もあったりで、今回はまず舞台⼿話通訳に絞って取り組もうということになりました。
阪⽥ ―舞台での⼿話通訳の企画を進⾏するにあたって、どのような⽅々に依頼するのがベストなのか、私たちの企画段階では情報を持ち合わせていなかったのですが、リサーチをしたところ、このTA-net さんにヒットしたという経緯がありました。TA-net さんでは、数多くの舞台芸術の⼿話通訳をされていて、それだけでなく字幕監修、講座やワークショップなど、活動は多岐に渡ります。活動理念に掲げておられる「みんなで⼀緒に舞台を楽しもう︕」の合⾔葉通りの実践⼒にも驚きました。廣川さんにお伺いしたいのですが、このTA-net という団体さんは、どういった⽅々の集まりでスタートされたのでしょうか︖
廣川 当団体に興味をお持ちいただき本当に嬉しく思います。ありがとうございます。きっかけとして、私、2007年にプライベートでイギリスに渡航したんですが、その時に観た⼿話付き舞台にとても感銘を受けました。その後2009年にまたイギリスに⾏って、今度は1年間留学、通訳していたんですけれども、そこで数多くの演劇に⼿話通訳、字幕が鑑賞のサポートとしてあるというのを⾒まして、「これはいいな。いい取り組みだな」という経験をしました。⽇本の状況はまだまだそういったサポートがない状況で、イギリスにはあるが⽇本にはある、このギャップですね。やはり⽇本にもそういったサポートが必要なんじゃないかと思い、帰国した後、また聾者、聴者、⼿話の関係者で舞台や演劇が好きなみなさんにお話をしまして、「鑑賞サポートを付けていきましょう」とみなさんの意志が⼀致してこの団体を始めました。
阪田 ―今回の公演で実際に舞台⼿話通訳とし舞台に⽴っていただく下坂さんには、つい先⽇お稽古にご参加いただきました。お渡しした上演台本には⼤変な数の付箋が貼られていて、舞台⼿話通訳者といっても舞台に⽴つ俳優とも⾔えるのでは、とお⾒受けします。台本が⼿に渡ってから本番までにどのような⼯程を控えてらっしゃるのでしょうか︖
下坂 まずは台本を読んで読んで読みまくります。その中でいちばん困るであろうことが⽂化の違いですね。翻訳しきれないんじゃないと思う⽂化。例えば今回だったら⾔葉の遊び、韻を踏むあたりをどうするのか︖とか。今回字幕がないということで、思いっきり⼿話で表現できるなと思ったので、その辺りを⾃分の中で⼀回落とし込んだ後に、⼀回現場を⾒せてもらって、⾃分の中でイメージが合ってるところ、違ってたところを整理します。そのあと今度は⼿話監修さんに会って、⼿話監修さんは聞こえない聾者なので、その⽂化のことを話し合いながら細かく⽅針を決めていきます。そこからはもう翻訳をどんどんしていって、それを覚えて、また⾒て、また台本(つまり⽇本語だけ)に戻って、という作業を繰り返して、次は通しに⾏けたらと思っております(笑)。
阪田 すごい作業量ですね。
下坂 台詞を覚えるための作業ではなくて、⼀つ⼀つの⾔葉の意味であったり、その⾔葉がどこに繋がっていくのかとかということも含めて、台本を読むという作業は俳優にとっても重要なことで、通ずるものがあリますね。この時間がすごく楽しい時間なんです。
阪田 稽古場にお越しいただいたときにも「演出が⾯⽩かったー︕」としきりに話してくださっていて、とにかくすごく楽しんでおられるというのがとても印象的でした。今回の台本を読んでいただいたときと実際に稽古場にお越しいただいて通し稽古を⾒ていただいたときのイメージの違いとかありましたか︖
下坂 東⼤阪が拠点と聞いていたので、⼤阪弁、関⻄弁なのかなとは思ってて、台本⾒たときすごく驚いたんですよね。現場に⾏って気がついたんですけど、イントネーションまで完全に変えてる。多分これは字幕では表せない。字幕で字⾯は表すことはできてもこのイントネーションで何を伝えたいのかということは⼿話ならではの表現だと思うので、こういうところも⼤切に伝えたいなと思いました。ネタバレになるかもしれないんですけど、主⼈公の名前とテーマとなる漫画の登場⼈物の名前が⼀緒なんですけど、その⾔い⽅も違う︕っていう、このこだわりをどう訳すか。多分これって字幕だけでは分からないんですよね。同じ⾔葉だから。でもこの分からないことを⼿話だったら変えることができる。ここが腕の⾒せ所なのかなって。
阪田 イントネーションの違いや⾔葉の距離感は字幕では難しくても⼿話では可能ということなんですか︖
下坂 ある程度は字幕でもできるとは思うんですけれども、例えば狂⾔ってあるじゃないですか。あの⾯⽩さって字幕じゃ伝わりにくい。⾔葉遊びだったり⾔い⽅の⾯⽩さだったり。狂⾔って⼿話と相性がいいなっていつも⾒てて思うんです。実は⼿話狂⾔っていう世界があって、そういうのをやりたいなっていつも思ってて。今回の公演でそういった⾯でチャレンジしたい、字⾯では表せない表現でやってみたいなって思うことがいくつかあります。
中嶋 稽古場でなるほどと思ったことがあって。下坂さんの⽬線の使い⽅に興味を持ちました。役と役の距離感を下坂さん⾃⾝が⽬線を使って表現されている。それは登場⼈物同⼠の距離感であったり、時には舞台⼿話通訳者としてこの世界を俯瞰的に⾒ている、そのときときの登場⼈物との距離感であったり。いろんな⽬線の使い⽅がすごく印象的でした。
阪田 俳優が動いているだけで台詞のないときに「⾒る」と⾔う動きを⼊れてらっしゃっていて、お客さんの⽬線もすごく理解されていると感じ取れました。
阪田 ―舞台⼿話通訳に⽋かせないのが「監修」というとても重要な役割です。どの⾔葉をどう訳すか、監修の⽴ち会いのもと決めていかれると下坂さんからも伺いました。稽古にはこれからご参加いただく予定ですが、⾔葉の繊細さ、あるいはお客さんへの伝わりやすさというのはどういうふうにアプローチされていくのでしょうか︖
廣川 今回の監修は⼤阪に在住の聾者で、⼿話の指導を専⾨職とされている⽅に依頼しています。⼿話が聾者が⾒て分かるかどうか、意味がきちんと合っているかどうかということと、その台本にあるものを翻訳したときに本当にそれが適しているかどうか、他にもしかしたらいい表現があるのではないかというところを聾者の⽴場から確認をします。もちろん、下坂さんが⾊々考えたうえで翻訳をしているんですけども、その表現を実際の聾者が⾒て本当に意味が合致するかどうか、齟齬がないかどうかを監修します。ただ、聾者だから俳優の台詞の話し⽅、どうやって感情を込めているかという点は、下坂さんが声のイントネーションとかを聞いて、その情報は聾者に伝えます。それを受けて⼆⼈で相談をしながら積み重ねていく。⾊々確認をしながら「これってどういう意味ですか︖」「伝えたい意図はどういうことですか︖」ということについては演出家の⽅にもお聞きする。さらにいい表現を模索しながら選んでいく。という作業がすごく⼤切になってきます。そして最終的に聾者のお客様が⾒ても満⾜できる⼼地よさを伝えられるというところを⽬指しております。もちろん演劇ですので、「正解はこれ」というのはないんですよね。いろいろな⾒⽅もあると思います。⾔葉の翻訳というのも本当に多様なものですので、表現は「これだけ」というわけではなく、もしかしたら他の聾者の監修が⼊ったらまた違った結果になるかもしれない。これは役者が違えば表現も変わってくるのと同じだと思います。その違いというのも楽しむということも⼤切なのかなと思っています。そういう意味でも、今、聾者の監修をいろいろなひとに依頼してご協⼒いただいています。
阪田 監修者によって表現が変わってそれだけバリエーショションが⽣まれることは演劇ならではで、すごく豊かなことですよね。
中嶋 そうですね。舞台⼿話通訳者が俳優という⽴場であれば、⼿話監修は演出家というところに近いのかなと、お話伺っていて思いました。
阪田 ―今回の作品は社会的に不適切な漫画の修正を描く姉とそのアシスタントをする弟が主軸となる物語です。その対峙するサイドストーリーとしてセイレーン=⼈⿂の世界が登場します。このセイレーンの⾐装を下坂さんにも着て登場いただきたいと演出から提案がありました。セイレーンについて演出的にどんな狙いがありますか︖
中嶋 初めに廣川さんとお打ち合わせさせていただいたとき、⼿話が⾒えやすい⾐装であれば、舞台⼿話通訳者にも⾐装を着ていただくほう劇世界に馴染みやすいのではないかという提案をいただきました。今回の舞台⼿話通訳は「額縁」というスタイルを採⽤していて、舞台⼿話通訳者が俳優として舞台中に⼊り込むという⽅法ではなく、舞台のやや外側から通訳をしていただくスタイルになります。舞台のフレームの外側から眼差しを向けるということを想像したときに、セイレーンたちが姉弟たちが暮らす社会を⾒つめている様⼦とイメージが重なったというところが第⼀の理由です。
この物語の中でセイレーンというのは、⾃⾝が持つ根源的な欲求に対して正直に体を震わせていくものの象徴として描かれています。実は私、下坂さんの舞台⼿話通訳は何度か拝⾒したことがありまして、⼿だけでなく体全体を使って⼿話通訳をされているのを⾒てとても感銘を受けました。下坂さんに舞台⼿話通訳を担当いただけると決まったことで、物語の中でセイレーンの体の在り⽅のイメージが膨らんでいって、結果的に舞台⼿話通訳が⼊るということがある意味創作を後押ししてもらったように感じています。
今回⾐装は劇団員が何度も試⾏錯誤して作っており、おもしろい⾐装になっているので、そこも⾒どころのひとつです。
阪田 ―本作は会話が主体で進⾏しているためお⼀⼈で何役も演じていただくことになるのですが、何か⼯夫されていることはありますか︖
下坂 普段であれば何役も演じる落語家のようにとか⾔われるんですよね。今回の台本は全然会話に不⾃然さがないので⾃分の思ったままのイメージでやれました。⼿話は元々会話⽂な感じのところがあるので、会話のラリーには結構相性がいいなと思うんです。
中嶋 台本を書いている感覚だと、⽇常の会話ではしないだろうという、ある意味リアリティのない台詞の書き⽅をあえてしていて、俳優もそこに苦戦してた時期があったんですけど、それを⾃然にやっていただけてるというのは驚きです(笑)。
阪田 ―舞台⼿話通訳ステージを実施することで新しいお客様との出会いも⽣まれそうです。この公演を観劇したお客様にどんなものを持ち帰ってもらいたいですか︖
廣川 ⼿話通訳付きの公演を初めて⾒るお客様も多いと思います。ただ、「⼿話通訳がいいね」ということではなく、やっぱり作品⾃体を楽しんでもらいたいですね。「この公演おもしろかったな」とか、「この役者さん良かったなぁ」とか、そういう機会にしてほしいですし、そういう感想を持って楽しんでほしいと思います。⼿話通訳が、⽬⽴つのではなくて作品全体の中に溶け込んでいる、作品の⼀部に⼿話通訳者がいるというふうに受け⽌めていただけたら嬉しいなと思っています。
それから⾐装を作っていただいたという話、本当に嬉しく思います。ぜひ素晴らしい作品になってほしいと思っています。楽しみに待っています。
下坂 先⽇の稽古ですごく元気になる感じがしたんですよね。いろんなメッセージ渡してると思うんですけど、特に⼥性に響くものがあるんじゃないかなって。この閉塞感のある世の中にいて、「それでいいんやで」って⾃分の中に持って帰ってもらったらいいかなって思う作品だなって。そういう台詞が散りばめられてて、これをしっかり伝えたいって思いました。同じように感じなくてもいいから「明⽇から頑張ろう」って思ってもらえるように、雰囲気とかもお渡しできるように通訳したいなって思ってます。
中嶋 舞台⼿話通訳の公演をするというのを周りの⼈に告知したときに、演劇関係者から「実は私たちも興味を持ってた」とか「羨ましい」という話をたくさん聞きました。やりたいと思っていてもその⽅法がわからないと思っている劇団は意外に多いんだなって思いました。そういう⼈たちに、私たちにもできるということを伝えられたら、導⼊のハードルというのもどんどん下がっていって、障害のある⽅にも観劇の幅が広がっていけばいいなと思っています。
舞台⼿話通訳付きの公演となると、障害をテーマにした作品内容でないといけないのではないかと思われる⽅もまだまだ多いのではないかと感じています。もちろんそういった作品は当事者にとって刺さるものになるとは思うのですが、普段私が当事者性のある作品だけでなく多くのテーマの作品の中から選んで観劇しているように、障害のある⽅にも、テーマが障害のある・なしではなく、幅広く観劇を楽しめるようになることも期待したいと思っています。もう⼀つ、障害のある⽅も交えた創作が当たり前になっていくということも願いたいです。⼀緒に寄り添って伴⾛していただけるひとがいることで⽣まれることはあるはずなので、⼩さな創作現場の中でも、当たり前になっていけばいいですし、私たちも次のステップとして、そういう創作現場を⽴ち上げていきたいと思っています。
●対談記録
2022 年8⽉16 ⽇ オンラインにて
記録者︓阪⽥愛⼦